2022年は、「読書の幅が広がった年」だった。
昨年のベスト5記事を振り返ってみると、その年に出版されたタイムリーな書籍をよく読んでいたことがわかる。 話題の本はつい手にとってしまいがちだが、反面「消費的な読書」になっていることが気がかりだった。
そこで、4月頃からオンラインの読書コミュニティーを活用して、なるべく「長く読まれている本」に触れるようにしてみた。 読書会参加を重視していたので、後半はブログ更新が止まってしまったが、読んだ本について話すことで「消費的な読書」からは幾分か開放されたように思う。
今年読んだ本の中から、特に印象に残った5冊について紹介する。
料理と利他
料理家である土井善晴さんと政治哲学者である中島岳志さんとの対談集。 「家庭料理」を通じて見えてくる世界を、二人の専門家が精通されている思想をもとに丁寧に解き明かしていく。 対談集なのでさらっと読めるような内容かと思いきや、哲学的な話題にまで踏み込んでいて奥が深い。
土井先生が「家庭料理」に興味を持ったのは、京都の河井寛次郎記念館へ行って、民芸の美しさに惹かれたからだという。 無名の芸術である「民芸」と、家事労働としての「家庭料理」は似た性質を持っているのではないか。 この発見から、ご自身が提案されている「一汁一菜でよいという提案」につながっていくのだ。
もうひとつのキーワードは、「利他」である。 地球環境のような大きな問題に対しても、料理を通じて利他的に考えることができるようになるという。 例えば食材を調達する場合。地のものか海外からの輸入品か、包装材は何を使っているか、どこまでを廃棄するかなど、意外と勘案すべきことはある。 食材選びなんて日々の何気ない行動ではあるけれど、その些細な選択が私たちの住む地球環境と密接に関わっている。
本書を読んでから、料理に対する心構えが変わった。 具体的には、できるだけ地の食材を活用して、廃棄物を少なくして、素材の味を引き出すようなシンプルな料理を試みるようになった。 「家庭料理」に対する価値観を変えれば、地球環境にも家族の健康にもいい生活が送れるはずだ。
自身のライフスタイルについて、考え直すきっかけを与えてくれたような良書だった。
人間のしがらみ
今年最も印象に残った小説は、サマセット・モームの『人間のしがらみ』だった。 シェイクスピアの翻訳で著名な河合祥一郎さんの翻訳で読めるということで、大長編にチャレンジしてみることにした。 ちょうど7月頃から9月頃にかけて、暑い夏にゆっくりと時間をかけて読み進めた。
モームは『月と六ペンス』が大好きな小説なので、こちらも期待していた。 主人公フィリップの半生と自分の半生を重ねながら読んだ。 生まれてからずっと苦労続きであったフィリップには、重ねたくなる部分が多々あった。 悪女ミルドレッドの存在も、詩人クロンショーの存在も、自分の半生を振り返れば「似た人」を発見する。
この小説を30代の半ばで読むことができてよかったと思う。 20代では早すぎたし、40代では遅すぎた。 古典的な名著であっても、きっと「読むべき時期に読む」ことで響き方は変わってくるのだろう。
また来年も、長編小説の古典にひとつチャレンジしたいと思うようになった。 大長編は、年にたくさん読む必要はなく、印象に残るものが1冊あれば十分なのかもしれない。
現代経済学の直観的方法
経済学部を卒業しているものの、実社会で使わない学問の知識は錆びついて忘れてしまう。 10年経って学んだことを思い出したいということもあり、1冊で大学で学ぶ知識を「直感的に」得られるという謳い文句につられて本書を手にとった。
第1章から、とにかくわかりやすくておもしろい。 経済学の主要トピックを、教科書的な説明の方法ではなく、あくまで主観全開でざっくり説明する。 専門家の方々からすれば、的を外していることも、削ぎ落とし過ぎと感じられる部分もあるのだろう。 けれども、「直感的に捉える」ことを目標とするならば、これ以上の経済学の本には出会ったことがない。
- 資本主義とは
- インフレとデフレのメカニズム
- 貿易が拡大する理由とは?
- ケインズ経済学とは何か?
- 貨幣の本質とは?
- なぜドルは強いのか?
- 仮想通貨(暗号資産)とブロックチェーンとは何か?
毎日の経済ニュースを理解するにも、これだけのテーマを抑えておけば見え方が違ってくる。
第10章の「縮退」に関する理論に関しては、さらに賛否両論があるだろう。 物理学の理論をそのまま経済にも当てはめることができるのか。 懐疑的な見方になる部分もあるが、頭のキレる人からひとつの思考法を学んだような気持ちになれる稀有な入門書と感じた。
経営リーダーのための社会システム論
2022年は戦争に襲撃事件にと社会が揺れた一年だった。 先月も本書の著者である宮台真司さんが一般人から襲撃を受けたとのニュースがあった。 幸い命はご無事だったようだが、実名で社会的なメッセージを公表することがリスクを抱える時代になりつつある。 政治家や専門家が自由に発言できなくなる社会に、未来などあるだろうか。 あらためて「社会の構造」に目を向けたくなった。
本書は、野田智義さんと宮台真司さんが創設されたビジネススクール「至善館」の講義録である。 二人の長年の研究により蓄積された「日本社会の構造論」について学ぶことができる。
テーマは「社会の底が抜けているのはなぜか」である。 社会学を学ぶということは、同時に資本主義と向き合うということでもある。 「安全、快適、便利」なのに、なぜ生きづらいのか? 現代社会の抱える根本的な問題について考察を進めていく。
最終章では、「底が抜けてしまった社会」でどう生きていくべきか、経営リーダー層に向けたメッセージが語られる。 私たちにもできることはきっとある。着実に一歩ずつやれることをやっていくべきだ。 リーダーたちを先導し、社会的を変えていこうとする人が襲われる社会など、許容していてはいけない。
奇跡の社会科学
前述の本で社会学に興味を持った。 新書で社会科学の系譜をざっくり学べそうな本がタイムリーに出版されたので、手にとった。 中野剛志さんは、『奇跡の経済教室』シリーズもわかりやすく愛読していたので、この人が社会学を説明してくれるのなら間違いないだろうと思ったのだ。
取り上げられている人物は、どれも興味深い人ばかり。
- マックス・ウェーバー「官僚制的支配の本質、諸前提および展開」
- エドマンド・バーク『フランス革命の省察』
- アレクシス・ド・トクヴィル『アメリカの民主政治』
- カール・ポランニー『大転換』
- エミール・デュルケーム『自殺論』
- E・H・カー『危機の二十年』
- ニコロ・マキアヴェッリ『ディスコルシ』
- J・M・ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』
本書から派生して、エドマンド・バークやトクヴィルの書籍に興味を持った。 原典は私の知識ではまだ読み解くことは難しいものの、政治思想のご専門である宇野重規氏の入門書なども読んでみて、民主主義や資本主義について再考するきかっけを与えてもらった。
ベスト5を振り返ると、「未知の分野を学ぶ楽しさ」に目覚めた1年だったのかもしれない。 タイムリーに出版された書籍であっても、ベースとなる知識があれば著者の主張がより深く理解できるようになる。 ただし古典を読み解くには相応の知識量が必要で、限られた時間の中ですべての学問に目を通すことなどできない。
来年は深堀りしたい学問を絞ることで、もう少し専門性を深めていきたいと考える。 料理家の土井先生が「家庭料理を通じて利他を考える」というような芸当ができるのは、料理家として懐石料理の世界で修行されてきた経験があるからだ。専門性は一朝一夕に身につくものではないし、現場経験を通じて着実に学んでいくしかない。
興味を持ちたいテーマは下記の通り。
- コミュニティ論や利他学など、近年の動向
- 東洋思想と日本思想のざっくりとした理解
- 社会科学(保守思想、民主主義)の深堀り
これに加えて、古典的な長編小説を1冊読み切りたい。 2023年も、引き続き読書会やブログなどは継続しつつ、読書ライフを楽しんでいきたい。