若手オランダ出身ジャーナリスト、ノンフィクション作家であるルトガー・ブレグマン氏の世界的ベストセラーである。 発売されるやいなや日本の著名人たちも絶賛していて、(それに対する批判のコメントなども溢れていて)、賛否両論のワケが気になってしまい、結局ざっと読んでしまった。
本書のメッセージはシンプルで、「ほとんどの人は、本質的にかなり善良だ」という性善説を肯定しようというものだ。 これまでに性悪説の裏付けとされてきた、「蝿の王」「スタンフォード監獄実験」「ミルグラムの電気ショック実験」などが恣意的に導かれた結論だったことを解き明かしつつ、善き未来をつくるための「新しい現実主義」を提唱する。
と本の大筋は理解できたものの、読んでいてなんだかしっくりこない章もある。 「隣人を信じるべき」とする提言が、キリスト教主義の学校で教わるような、「優等生すぎるテーマ」だからかもしれない。
そりゃあ”いい人たち”で溢れる社会の方が理想的であるし、私たちはずっと生きやすいだろう。 仮説とするには当たり前すぎるテーマではないか、と。
そこで私は、対象を「個人」から「集団」へと、視点をズラして著者の提言を消化しようとした。 きっと前評判から本書を読もうか迷っている人もいると思うので、この記事が何かの参考になれば嬉しい。
人のパーソナリティーを二元論で定義できるか
Part 1 自然状態(THE STATE OF NATURE) 「ホッブズの性悪説 vs ルソーの性善説」より。
保守主義、進歩主義、現実主義、理想主義などあらゆるグループの起源をたどれば、ホッブズかルソーに行き着くとする。人間は理性的で利己的であるとするホッブズと、人間は本質的に善良だが文明社会のせいで邪悪にもなりうると説くルソー。どちらが正しいか?という問いが、全編を通じて貫かれている。
しかし、私はここでも疑問に思う。そもそも人のパーソナリティを、利己的か利他的か、また性善説か性悪説かなど、二元論で結論づけることなど可能だろうか。 利己的でもあり、同時に利他的であるというあいまいな存在こそ、人というものではないか。
『リアル蝿の王』として紹介される、アタ島で生き残った6人の少年たちのエピソードの場合を考えてみる。 「蝿の王」の結末のように暴力的で残酷な結果にはならなかったのは必然だったのか。少年たちがみな「利他的であったか」はわからない。利己的な判断が結果的には「協力的にふるまう」という行動となり、生き残ることにつながったのかもしれない。
ここで、本書に登場するひとりの人物に焦点を当ててみたい。 オランダの在宅ヘルスケア組織「ビュートゾルフ」CEOであるヨス・デ・ブローク氏である。
ティール組織の接点で考えてみる
第13章に登場する、ヨス・デ・ブローク氏のインタビューがおもしろいので引用する。
インタビュアー:モチベーションを上げるためにしていることはありますか? スティーブ・ジョブズは毎朝、鏡に映る自分に「もし今日が人生最後の日なら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか」と問いかけたそうですが。
ヨス:わたしも彼の本は読んだが、あんなのは噓っぱちだ。インタビュアー:ネットワーキング・セッション(人脈作りの集まり)に参加したことはありますか?
ヨス:そんなものの大半は何の役にも立たない。他人の意見を再確認するだけだ。わたしには向かない。インタビュアー:どのようにして従業員のモチベーションを上げるのですか。
ヨス:何もしない。そんなことをしたら偉そうに見えるだろう?インタビュアー:遠い目標は何ですか? あなたとあなたのチームを鼓舞するはるかな目標は?
ヨス:はるかな目標はない。あったとしても、鼓舞されないね。
----13章 内なるモチベーションの力より 引用----
この人物は、本書の主張する「善良な人」だろうか。 これだけの内容では、もちろんパーソナリティまで不明であるが、この人物が経営する「ビュートゾルフ」は世界中が認める「サステイナブルな自主経営組織」である。
【ビュートゾルフの組織の特徴】
- 最大12名のスタッフからなる「チーム」で構成されている。
- チームはビュートゾルフの6つの目標に沿って、自由に行動する。
- チームは介護ケアなどの実務と、採用といったビジネスの両面をこなす。
- 850のチームを、45名のバックオフィスが支える。
- 850のチームに15名のコーチがいて、議論の補助をする。
- すべてのチームで情報、ノウハウ、アドバイスが共有される。
- 上記を支えるITツールを利用する。
- コーチ(上司)は不在。
▶参照情報:2016 Burrtzorg Study
オランダの在宅ケア組織「ビュートゾルフ」やフランスの自動車部品メーカー「FAVI」のエピソードを読み、どこかで聞いた会社名だと思ったら、「ティール組織(フレデリック・ラルー著)」で進化型組織の代表として紹介されていた企業たちだった。
ティール組織を読み返し、進化型組織の定義を振り返ってみた。
- 自主経営(セルフマネジメント)
- 全体性(ホールネス)
- 存在目的(パーパス)
この3点は、組織を構成する人々が「善良である」ということを前提にしている。 なぜなら、上司や部下と言った上下関係もなく、業務を統括するマネージャもいない中で、メンバーを信頼することによってのみ、組織が成立するからだ。 つまり、善良で利他的な精神を必要としているのは、「個人」というよりは「集団」や「組織」の方ではないだろうか。 善良な組織を社会的に浸透させること。それこそが著者の主張する現実主義(リアリスト)の概念を変えることにつながるのではないか。
日本の企業を見渡してみても、まだまだティール型の企業組織は浸透しているとは言い難い。 サラリーマンでいる以上は上司にミッションを与えられ、ミッションの達成率によって上司に評価される。上司はまたその上の上司や上層部に働きぶりを評価される。
ビュートゾルフのような自主経営企業があたりまえとなる社会は、まだまだ先のことかもしれない。人はどれほど善良なパーソナリティを持っていても、基本的には怠惰な生き物であることは変わらない。(締切がなければ物事が進まないのは、小学生から社会人まで一様に同じである)
けれども、利他で動くコミュニティが増えれば増えるほど、またそのような組織が高い評価を得るほどに、社会は良くなっていくだろう。
ニュースを避けよう
終章の挙げられる10のルールも、組織のルールとして捉えてみると、また視点が変わるのではないか。
<人生の指針とすべき10のルール>
1)疑いを抱いた時には、最善を想定しよう
2)ウィン・ウィンのシナリオで考えよう
3)もっとたくさんの質問をしよう
4)共感抑え、思いやりの心を育てよう
5)他人を理解するよう努めよう。たとえその人に同意できなくても
6)他の人々が自らを愛するように、あなたも自らを愛そう
7)ニュースを避けよう
8)ナチスを叩かない
9)クローゼットから出よう。善行を恥じてはならない
10)現実主義になろう
この中で、特に個人として指針としたいルールがある。
ニュースを避けよう。
これには完全に同意である。ファクトフルネスにも著述されているが、ニュースとはメディアが人々の恐怖本能を煽り、視聴率やWEBのPVを稼ぐためのツールとなりがちだ。著者は平日は新聞やテレビでのニュースによる情報収集を行わず、日曜版など時事ニュースを深く考察する記事を読むことにしているそうだ。
私もニュースを避けるために試している方法がある。
- テレビをつけてニュースを見ない
- 電子デバイスによるニュースのブッシュ通知を避ける
煽りニュースを避けるには、情報収集源を能動的に情報を取りにいけるメディアに限定することが重要と思われる。
本書を振り返ると、私自身の興味が個人的なものから組織的なものへと移っているのかもしれないと感じた。 次に気になるテーマは、コロナ禍で注目される「利他主義」だろうか。
「富の再分配」「週15時間労働」「ベーシックインカム」などリベラルな視点に関心がある人ならば、ルトガー・ブレグマン氏を応援するという意味でも本書は必読だろう。これらの提言を可能にするために、性善説はベースとなるからだ。 一方で私のように、人々の本性が善良であるか邪悪であるかはさほど重要のテーマではないとするなら、この本をいますぐ読む必要はなかったのかもしれない。
次回作には、前著「隷属なき道」のように具体的な提言が述べられる著作を期待したい。
2022/01/10
参考記事
「利己的な遺伝子」にベースに論理展開する橘氏は、当然ながら本書の内容には懐疑的。
▼ヒトの本性は利己的(悪)なのか、利他的(善)なのか? 【橘玲の日々刻々】
本書を絶賛した勝間和代さんへのリプライ記事として、「確信犯的な啓発書である」という補足に納得。
▼『Humankind 希望の歴史』読書感想文~確信犯的な人類啓発書~