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【書評・感想】エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来(古舘恒介・著)

エネルギー問題を考える上で、画期的なガイドブックの登場だ。

  • 環境問題や再エネ問題について考えてみたいが、どこから手をつけてよいかわからない
  • ゼロ・カーボン社会に向けたの動向について、政治・経済の上辺のトピックだけではイマイチ実態がつかめない
  • 「エネルギーとはなにか」が文系脳には理解できず、再エネについて科学的な知見についていけない

上記を満たすような人で、エネルギー問題に関心がある人がいれば、迷わず手に取るべし。

目次だけをみても、本書がいかに俯瞰的な視点で語られるかが伝わる。

第1部 量を追求する旅―エネルギーの視点から見た人類史
第2部 知を追究する旅―科学が解き明かしたエネルギーの姿
第3部 心を探究する旅―ヒトの心とエネルギー
第4部 旅の目的地―エネルゲイアの復活

歴史・科学・哲学・経済と横断して渡り歩いたあとに、「旅の目的地」として目指すべき帰着点を示すという。 この壮大な構想の本を執筆されたのが、石油会社の技術部長さんというからさらに驚きだ。

著者古舘さんは、「世の中の大抵のことは、エネルギーの切り口で考えてみれば分かりやすく整理でき、腑に落ちるようになる。 」と豪語する。
生涯をかけてエネルギー問題に対峙してきた人の結論には、相当の説得力があるはずだ。

とはいえ、本書の扱うテーマは幅広く、全貌を要約することは難しい。 この記事では、印象に残ったトピックのみ紹介することにする。

熱力学の第一法則と第二法則を学ぶ

「第1部 量を追求する旅」では、エネルギー消費量を飛躍的に増加させることになった事象を「五つのエネルギー革命」と称して紹介している。この1部だけでも新書一冊分程度の分量と知見がつまっていて興味深いが、要は「もっとたくさんのエネルギーを」という人類の脳が持つ欲求が推し進めたものだったという事実を抑え、次の部へと進みたい。

「第2部 地を探求する旅」では、「エネルギーとは何者か」を科学的知見に基づいて解明していく。 ここで物理的な専門用語が並び始めると、私のような「文系脳」はついていけなくなってしまう。しかし、本書はその過程をできるだけわかりやすく、順を追って説明してくれている。

まず学ぶべきは、「熱力学の第一法則」「熱力学の第二法則」である。

熱力学の第一法則──エネルギーは減りもしないし増えもしない
熱力学の第二法則──エネルギーは自然に散逸する

1850年にドイツの物理学者クラウジウスが発表した論文に、熱も運動と同じエネルギーの一形態であり、その総量は保存されることを示した上で、エネルギーには質の問題があることを示した。これが後に整理されて、熱力学第一法則、第二法則として知られるようになった。

第一法則は「エネルギー保存の法則」とも呼ばれ、エネルギーはなくなりもしないが増えもしないことを示している。つまり、無から有を作り出せないということ。 第二法則は、熱エネルギーには一方向性にのみ進む、不可逆性の方向性があるということ。

具体的な例としては、3つ紹介されている。熱いお湯はやがて冷めるが、冷たい水が自然に熱くなることはない。川べりで石ころを蹴飛ばすと、最初は勢いよく転がるがやがては摩擦で熱が放出され、停止することになる。エアコンや冷蔵庫を使うと、内部の熱エネルギーを電気エネルギーを使って外部に運び出す(散逸させる)ことにより、部屋(機内)を冷やす。 これらが示すことは、投入されたエネルギーは最終的に質の低い熱エネルギーへと変換されて、(空気中に)広く散逸するということ。

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熱力学第二法則のシンプルなメッセージは、「人類が活用できる質の高いエネルギーは有限でかけがえのないものであり、大切に使わなければならない」ということである。この普遍的な事実が、本書の結論を理解するためのキーポイントになっていく。

第二法則はのちに、「エントロピー増大の法則」としても知られるようなる。 エントロピーとは、一方通行の不可逆過程を経ることによる「乱雑さ」や「散らかり度合い」を示す言葉で、日常に潜むあらゆる減少に「エントロピー増大の法則」を見出すことができる。

最も身近な事例に「時間」の存在があり、時間とはいってみれば過去から現在、未来へと続く一方通行の不可逆過程であると言える。 大ヒットした映画「テネット」で、時間が逆回転する世界を体験することで、エントロピーについて知った人も多かったはずだ。


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この2つの法則は、エネルギー問題と向かう上で、私たちが最低限知っておくべき事実を教えてくれる。 ここに筆者の警告を引用する。

第一に向き合うべきことは、技術革新による問題解決への無邪気な期待を慎むことでしょう。現代に生きる私たちは、情報通信技術の日進月歩の進化を目の当たりにしていることもあり、いかなる問題も最後は技術革新がすべてを解決するような錯覚を抱くようになっています。しかしエネルギーの世界は、熱力学の第一法則と第二法則が支配する世界です。何もないところからエネルギーを作り出す技術、ないしはエネルギーの質の劣化を逆転させる技術、そのいずれもが実現不可能なのです。

エネルギーのもつ「不変の法則」を知ることで、次に「時間」の議論へと進むことになる。

人類のエネルギー消費増大を「時間の短縮」と捉える

人類の歴史とは、「時間を短縮すること」「時間を早回しにすること」に価値を見出してきた歴史である。

五つのエネルギー革命を総括すると、キーワードは「時間の短縮」だったと著者は結論づける。 ここで五つの革命について、抜粋してみる。

第一次エネルギー革命;火の利用
第二次エネルギー革命;農耕生活への移行
第三次エネルギー革命;蒸気機関の発明
第四次エネルギー革命;電気の利用
第五次エネルギー革命;人工肥料の発明

最初に、「火の利用」によって、人類は料理ができるようになり、消化時間が圧倒的に短縮された。
次に、農耕生活への移行によって、食料の貯蓄が可能となり、支配階級が生まれて自由な時間が使えるようになり、文明興隆の原動力となった。
続いて、蒸気機関が開発され、産業革命によって人力や馬力の何十倍もの仕事量をこなせるようになった。
さらに、電気の発明は後の情報処理技術の発展にもつながり、大量の情報を一瞬でやりとりできりょうになった。
最後に、人工肥料の発明で効率的な農業経営が実現し、多くの人が農作業から開放され、余剰時間で新しい産業を発展させた。

このような人類の時間を早回ししようとする欲求を抑えることに、エネルギー問題を解くひとつの鍵があるのではないかという。

身近な事例を思い返してみよう。

例えば呼吸を整えてストレッチやヨガをすることで脳がリフレッシュして、「時間の歩みが体にフィットした」というような感覚に陥ったことはないだろうか。私の場合は仕事帰りに夕方にジョギングすることで、情報過多な社会から開放され、「時間の早回しから開放された」という感覚を取り戻すことがある。

資本主義社会は、人の欲求を極限まで「短縮」することで、いくらでも「早回し」させてしまう。これは人類の歴史を振り返ると異様なことで、その弊害があちこちに出てきている。エネルギー問題はその「時間短縮の弊害」と密接に関わっていて、「再エネ技術の発展」など上辺だけの解決では、根本的な問題は解消されないのだ。

では私たちはこの問題とどう向き合えばよいのか。

森林と同じ「年率2%成長」に人間も合わせる

エネルギー問題の最重要課題は、人為的な気候変動問題である。 これからは、人類の脳の欲求が赴くままに、ただエネルギー消費を拡大するという態度は許されない。

この事実は直近10年でも世界中の人々の認識を変えてきた。 2015年、パリ協定で世界196カ国が「平均気温上昇を2℃未満に抑制する」という目標に合意した。 2020年、日本は「2050年までにカーボンニュートラルを実現する」ことを宣言した。

COVID-19による各都市部のロックダウンを経て、エネルギー消費量は減少するかと思われたが、パリ協定の目標には遠く及ばなかったという残念な結果もある。もはやエネルギー消費に歯止めを利かすことは不可能なのだろうか。

著者は、問題を解く鍵は「森林の持つ自然の成長率」にあるのでは、とヒントを示す。 スギやヒノキは成木になるまでにおよそ50年かかることをもとに成長率を換算すると、年率成長2%になるという。 これはいってみればスギやヒノキの持つ固有のリズムとなるわけで、太陽光をのエネルギーを貯蔵しながら成長するための「自然に適した成長スピード」といえる。

森林

昨今の投資家界隈では、年率平均4%成長のリターンを望める全世界株の投資信託やETFに投資しようという考えが根強い。 資本主義を生きる上で、世界の経済成長に投資することは、最も効率的なリスクヘッジになるというのだ。 確かにこれは資本主義が続く以上は強固な論理かもしれない。けれども、私たちが知っておくべきは、この年率4%という成長でさえ、自然の成長スピードと比較をすると「早回し」をしすぎているということだ。

このスピードで人々が世界経済にどんどん資金を集めるようになれば、やがては森林は過度に伐採され、豊かな森が失われ、環境破壊につながってしまう。だからこそ、自然とのハーモニーを実現しうる「ほどほど」のレベルとリズムを知ろうというのだ。

「粋ではない」という江戸商人的価値観

これまでの問題の根幹が「脳の暴走」にあったとするならば、必要なことは「脳の腹落ち」である。 著者は、この観点から、江戸っ子商人の気質に学んでみるということを提唱している。

江戸っ子の立ち振舞は、「粋(いき)」「気障(きざ)」「野暮(やぼ)」という言葉で表現されてきた。 宵越しの銭を持つことは「野暮なこと」、困っている人がいれば助けるのが「粋である」ということ。見え透いた形で格好をつけることは、「気障である」ということで、これが一番嫌われた。

このような江戸っ子の美意識を持てば、無限の貨幣価値という抽象概念を、うまい具合に変換でき、意識を変えることができるかもしれない。表面的にだけ、「SDGsに沿ってビジネスをしている!」「ゼロ・カーボン社会を目指して環境配慮経営をしている!」と声高に叫ぶことは、単に「気障である」だけかもしれない。

最後に二つほど、具体的に実践できることを紹介している。 ひとつは、お金を媒介としないギブ・アンド・テイクの関係を自らの生活に積極的に取り入れること。 もうひとつは、節約のすすめ、「もったいない」の精神である。

なんだか当たり前のことと言われそうな結論だけれど、これは日本人にも元来根付いた気性であって、それを取り戻すといった感覚に近いのかもしれない。 エネルギーをめぐる長い旅をしてきた著者の、最終章の結論には説得力があるので、ここで引用しておく。

エネルギーの大量消費で成り立っている現代社会の在り様を変えていくには、哲学的な議論を持ちかけて脳に改心を迫るような大きな仕掛けだけでなく、自然と身体が動くような誰でも気軽にできる小さな仕掛けも同じように重要です。その意味で「ギブ・アンド・テイク」と「もったいない」という言葉は、大きな可能性を持っています。何事もお金に換算しようとすることや、取り留めもなく浪費をすることは、環境に悪いなどと言う必要もなく、単に格好が悪いことになればよいのです。「粋」ではない。ただそれだけで十分なのです。

昨年ビル・ゲイツの本を記事にしたが、これは「気候変動問題をイノベーションで解決する」という姿勢で、いかにもアメリカのテック企業的な発想であった。これと比較すると、本書は日本人らしい結論であり、未来へのワクワク感は少ないが、こちらの方が私たちにはフィットする考え方かもしれない。

斉藤幸平先生の主張する「脱成長」とまで極端にいかずとも、「自然と調和した2%成長」はより現実的に目標にできそうだと感じた。

ロシア・ウクライナ情勢を踏まえて、今後はさらにエネルギー資源が希少となり、議論が活発化するだろう。 本書を何度も読み返すことで、ひとつの論調をに傾倒することなく、俯瞰してエネルギー問題をみれるようになっていきたい。

2022/04/17

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ビル・ゲイツ「地球の未来のために僕が決断したこと」と比較すると、論調が全く違っていておもしろい。

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荒木博行さんがVoicyで取り上げていて、参考になった。

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