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【気候変動問題のファクトフルネス】地球の未来のため僕が決断したこと(ビル・ゲイツ・著、山田文・訳)

ビル・ゲイツ20年ぶりの著作が出版された。 COP26開催のニュースが報じられる中、気候変動問題はいま最もタイムリーなテーマである。 しかし、議論が拡散するたびに”何が本質的な問題なのか”を見失いがちにもなる。 本書は、現状の課題をできる限り客観的に数値化して、ファクトを見極め、各分野において”技術による解決策”を論じていく。
まさに「ファクトフルネス -気候変動問題編- 」と呼べるような内容である。

彼はマイクロソフトで「世界中の家庭にコンピュータを」という果てしない野望を達成したときと同じように、気候変動問題についても取り組もうとしていた。

知っておくべき数値

気候変動について知っておくべき数字がふたつある。
ひとつが510億。もうひとつがゼロだ。

本書の冒頭の一文であり、最も印象に残るメッセージだ。

510億は年間の世界での温室効果ガスのトン数。ゼロはこれから目指さなければならない数字をさす。

では炭素排出量510億トンをどうやってゼロに近づければよいか。 著者は、まずその内訳を分析することからはじめる。

1. ものをつくる(製造業) 31%
2. 電気を使う(エネルギー生産) 27%
3. ものを育てる(農業) 19%
4. 移動する(輸送) 16%
5. 冷やしたり暖めたりする(空調) 7%

気候変動問題への対処というと、エネルギー生産を化石燃料から代替エネルギーに変えることばかり注目されるが、実は”ものをつくる”こと(鉄鋼とセメントの製造)による排出量が割合として最も大きいのだ。 これは、都市に高層ビル群が増えて大都市に成長するほどに排出量はが増えることを意味する。 (本書では上海の1987年と現在の写真が掲載されている)

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”移動する”や”冷やしたり暖めたりする”といった項目は、一見すると膨大なエネルギーを消費すると思いがちだが、実は食用の動物を”育てる”ことのほうが炭素排出量は大きい。 ゲイツ氏は子供の頃からチーズバーガーが大好きで大量に食べてきたが、この影響を知ってから最近では頻繁に食べなくなったという。

以上の数字を頭に入れた上で、自分の行動が一体何にカテゴライズされるのかを考えてみることにする。 また日々のニュースで炭素排出量の話が出たら、常に”何パーセントの何トンに相当するか”を計算してみると、問題の規模を大局的に掴みやすくなる。

石油はダイエット・コークより安い

炭素ゼロへの道は険しい。その原因のひとつに、化石燃料が安すぎるという事実がある。 私たちはいま、化石燃料とは切っても切り離せない生活をしている。

車に乗って通勤すればレギュラーガソリンを使う。マンションに住んでいたら、セメントに取り囲まれている。冬になると高効率で暖かくなる石油ファンヒーターを使いたくなる。歯ブラシのような安価な日用品の多くはプラスチックでできていて、それらが輸入品であれば輸送コストにも化石燃料が使われている。

これを一夜にして使用停止にはとうていできない。 なぜなら、石油平均価格は1ガロン(3.8リットル)あたり1ドルと安すぎるからだ。 コストコで買う炭酸飲料でさえ、8リットル6ドル(1ガロンあたり2.85ドル)である。 世界の人々は、ダイエットコークよりも安い製品を毎日40億ガロンも使っている。

化石燃料は、安くてエネルギー効率が良すぎるのだ。 以下に、電力源ごとにどれだけの空間が必要かを比較している。

<1平方メートルあたりの発電容量>
化石燃料;500-10,000W
原子力;500-1,000W
太陽光;5-20W
水力(ダム);5-50W
風力;1-2W
木質バイオマス;1未満

私たちがどれだけの電力を必要としているかについて、著者は下記の電力比較を活用しているという。

<どれだけの電力が必要か>
世界;5,000ギガワット
アメリカ;1,000ギガワット
中規模都市;1ギガワット
小さな町;1メガワット
平均的なアメリカ家庭;1キロワット

必要な電力をどのエネルギーで賄うかを考えるならば、規模/発電容量で計算すれば良い。 代替エネルギーでのイノベーションが起きたとしても、太陽光、水力、風力だけではとうてい私たちの暮らしを維持できないという事実に直面する。

グリーンプレミアムの導入が鍵

ゲイツ氏は、この問題に対処するためには政府の力も必要だと説く。 具体的には、3つの要求を述べている。

  1. ゼロの達成を目標にする。富裕層は2050年まで、中所得国は2050年以降の可能な限り早い時期に。
  2. そのための具体的な計画をたてる。2030年までに政策と市場構造が整っている必要がある。
  3. 研究に資金提供する立場にある国はすべて、クリーンエネルギー価格の大幅な引下げに確実につながるようにしなければならない。そのためにグリーンプレミアムを大幅に引下げて、中所得国が排出ゼロを実現できるようにする。

本書に繰り返し登場する「グリーンプレミアム」というコンセプトを理解しよう。 グリーンプレミアムとは、環境に優しい代替策を使用する際に発生する追加コストのことである。 化石燃料が安価であり続けるのは、地球環境への負の影響が、価格には上乗せされていないからだと考える。 太陽光や風力などの代替エネルギーの割合を増やすならば、富裕国のみならず、中所得国でもクリーンエネルギーの普及が進まなければならない。そのために、一定の割引率を採用して、代替エネルギーの価格を引き下げるのだ。

炭素に値段をつける「カーボン・プライシング」や「炭素税」といった考え方も普及しつつある。 炭素排出量や炭素吸収量に値段をつけること。その意義は、化石燃料の値段を上げることによって、温室効果ガスを排出する製品には追加のコストがかかるという認識を市場に広めることにある。グリーンプレミアムという考え方が一般化すれば、経済成長のために外部化してきたコストを、強制的にプライシングに加味できるかもしれない。

気候変動問題という大きな括りで考えるとき、私たちは何から取り組めばよいのか、そのビジョンを見失いがちになる。けれども、気候変動を具体的な数値で考えること、何に対してイノベーションが必要なのかを知ること、そして私たち一人ひとりができる行動は何かを知ることができれば、ゲイツ氏の「ゼロを達成する」という目標は奇想天外なものではなくなるのかもしれない。

最後に、故ハンス・ロスリングのファクトフルネスの言葉が引用される。

「事実に基づいて世界を見れば、世の中もそれほど悪くないと思えてくる。これからも世界を良くし続けるために僕たちに何ができるかも、そこから見えてくるはずだ。」(ハンス・ロスリング・著 「ファクトフルネス」より)

現状を極度に悲観するでもなく、また無責任に楽観するでもなく、事実を直視して端的に整理して考えようとする。 実にビル・ゲイツらしく、さすがは世界で最も有名なエンジニア経営者だなと、その姿勢に感心させられた。

2021/11/23