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【究極の普通の本屋とは?】ガケ書房の頃 完全版―そしてホホホ座へ(山下賢二・著)


ガケ書房という一風変わった書店の存在を知ったのは、私が高校生の頃のことだった。
友人に、ハンバートハンバートというバンドがライブをするから観に行こうと誘われたのだ。 確か2005年頃のことで、「同じ話」でブレイクする直前のことだったと思う。

WEBページにはまだライブ告知が残っていた。
https://geolog.mydns.jp/www.geocities.jp//gake32/gake/liveatgake/liverecords/live05.htm

京都の左京区近くに住んだことのある人ならば、”ガケ書房”と聞いて、「あぁ」と懐かしむ人も多いだろう。 私もよく自転車を飛ばして一乗寺までやってきては、本やCDを物色しにガケ書房に立ち寄った。

本書はその元店主であり、今はホホホ座を展開されている山下さんの書店経営挌闘記である。 リスペクトされている早川義夫「ぼくは本屋のおやじさん」「たましいの場所」などの名著と同じく「ちくま文庫」より出版となり、この機会に読んでみようという気持ちになった。

本屋と音楽がなぜ融合したのか

ガケ書房は、本屋でありながら日常的にミュージシャンがライブをする不思議な空間だった。
当時、私は好きな古書店やレコード店をよく巡っていたが、本と音楽のどちらかに振り切れている店が多く、両方を扱っている店というのは稀少だった記憶している。 (後にホホホ座発起人のひとりになる100000t /カジさんの店は本と音楽の両方がバランス良くある店で、よく通った)

著者は当初からライブをやろうとした目的を2つ挙げている。

  • 店に音楽のイメージをつけたかったこと
  • 京都での人脈を広げたかったこと

本屋×ライブハウスという考えは、憧れの友部正人さんに出会うことで開眼したという。
磔磔に突撃して直談判しに行ったときのことを下記のように記されている。

ぼくはあの磔磔の夜以来、どんな有名な人と会ってもあまり緊張しなくなった。それは、あのときの友部さんの目が魔法を解いてくれたからだと思っている。

これがある意味”吹っ切れた”瞬間だったのではないか。
友部さんとの出会いをきっかけに、本書の後半ではガケ書房を応援する多数の著名人が登場するようになる。
いしいしんじ、吉本ばなな、小沢健二 etc…

けれどもこのチャレンジングな試みは、決してアイデアひとつで片付くものではなかったようだ。
資金繰りに格闘するエピソードが幾度となく出てきて、”理想の本屋”を維持することがどれだけ大変だったか、 その気持の揺れ動きが胸を打つ。

センスとバランス

学生時代に私が”個性的な本屋”に求めていたものとは一体何だったのだろう。
なぜ宝探しにでかけるように、古本屋やレコード屋を巡っていたのだろう。

本書にはその答えに近い言葉が書かれていた。

”センスとバランス”

ガケ書房を経営する中で、著者が大切にしていた価値観だという。

センスというのは一長一短に身につくものではないし、「センスのいい」と思う人から学ぶしかない。
またバランス感覚というのも「どこが端と端なのか」がわからなければ、その「中庸を取る」という行為は成し得ない。

当時の私は、同世代の友人たちに「センスとバランスを持ち合わせている人」と思われたかった。 それが私にとって、「格好いい人」と同義であった。

文化的なセンスは必ずなにかの影響下にあるものだが、それをただ単にコピーしただけのものではないものが、良いセンスというものだろう。

あるカルチャーが広告業界のようにパッケージングされて増殖していき、 センスがファッションのようなものとなって独り歩きすることが嫌いだった。 それはいつの間にか”単にコピーしただけのもの”になっていくからだ。

当時の私は、「センスとバランス」を提供してくれる貴重な本屋やレコード屋をひたすらに求めていたのだ。

〈究極の普通の本屋〉をアップデートする

ガケ書房は〈究極の普通の本屋〉を目指したという。 店の壁から車が突き出していて、「どこか普通の本屋?」と思うだろうが、それは出版業界の特殊な流通形態に由来している。

出版業界の危機については、下記の本が詳しい。

▼私は本屋が好きでした──あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏

普通に地元の本屋を経営するだけなら、本の在庫は”店主のセレクト”ではなく、”取次のセレクト”になってしまうのだ。 だからこそガケ書房は店主の目利きで在庫をセレクトする”普通の本屋”を目指したのだという。

確かに、よく考えてみると世の中には「理想の本屋」がなさすぎると感じることもある。
それは、本屋側に問題があるのではなく、業界の構造そのものの課題でもあるのだ。

ネット通販ではなく、また巨大チェーン書店でもない、「理想の地元の本屋さん」は果たしてどこにあるのか。 ガケ書房を閉じたあと、著者はホホホ座を立ち上げ、また本屋をアップデートするためのチャレンジを続けられている。

例えば、ご近所宅を直接伺っての本の配達なども実施されている。 定期的に本を届けてくれる時に、以前頼んだ本の感想を交わす瞬間などあれば、なんと素敵だろう。
本屋さんが直接家に本を届けてくれるなんて、本好きにとってこれほど嬉しいことはない。

ガケ書房がホホホ座に移転してからは、私自身が京都を離れてしまったこともあり、店からは遠のいてしまった。 けれども「究極の普通の本屋」を目指すスタイルについては、ずっと応援していきたいものだ。

2021/8/28