「ひふみ投信」で有名な藤野さん。 日本でファンドマネージャーという職種の中では著名な方だが、本は一冊も読んだことがなかった。 そこで、そのその基本的な考え方を知ろうと思い手にとった。 本も多数出版されているが、中でも新書サイズで一番とっつきやすそうな本書を選んでみた。
お金や投資との基本的な付き合い方を学べる本で、”学生の時に読みたかった本ランキング”などあれはランクインしそうな内容。 読者ターゲットも20代前後か。
互恵関係と自他不二
Win-Winに近い意味のことを、日本語では「互恵関係」というらしい。 著者の座右の銘として大乗仏教における「自他不二(じたふに)」という言葉も紹介されていて、”社会の一員である”という意識について書かれている。
私の座右の銘に「 自他不二」という言葉がありますが、これはまさに互恵関係と同じことを言っています。自分と他人はふたつに分けることはできない、という意味であって、もともとは 大乗仏教の考え方なんですね。 自分の喜びは他人の喜びにつながり、他人の幸福は自分の幸福につながる。だから、みんなの幸せを考えることが、最終的に自分の幸せを考えることにつながっていく──この自他不二の感覚が強ければ強いほど、「社会に対して何かしなければ」という意識が生まれてくるし、具体的に寄附や投資といった活動にも結びつきます。
この考え方は他のベストセラーにも言葉を変えては登場する、定番の考え方なのかもしれない。
例えば、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」では、叔父さんがコペル君に「人間分子の関係、網目の法則」として説明する。
また岸見一郎「嫌われる勇気」では、哲人が青年に向かって、アドラー心理学における「共同体感覚」という概念を教える。
日本人には個性がないとよく言われるが、日本に個人(individual)という考え方が入ってきたのは明治以降のことであって、本来ならば「個性を磨く」より「社会の中での共同体感覚を高める」という方向性が向いている種族なのかもしれない。
Win-Winという言葉は使い古されているが、言葉を変えるだけでその意味は少しずつ異なる。
自分にとってしっくりくる言葉を探したい。
お掃除オバちゃんは投資家だ
「自他不二」の考え方を実践している人の例として、トイレ掃除のオバちゃんのエピソードが後半に紹介される。 このオバちゃん、汚れているトイレであればあるほど、掃除するエネルギーが湧いてくるという。 著者とオバちゃんの会話を引用する。
「本当にしっかり磨かれていますね」
「ええ、磨くのは楽しいですね。それに時間のこともありますから、どうすれば早くきれいに磨けるか、いつも考えているんですよ」
「へえ、それはすごいですね」
「私はこの会社(おそらくトイレ掃除の派遣会社) に来るまで、大学のトイレを掃除する会社にいました。大学のトイレ掃除もね、駅と違ってやりがいがあります。学生は、もう盛大に汚すんです。で、私がまたピカピカにするんですよ」
「なるほど、たしかに学生は盛大にやらかしますね(笑)。駅のトイレだと、場所によってきれいだったり汚かったりしますか?」
「ええ、ぜんぜん違いますね。汚いところはどんどん汚くなっていく一方、きれいにすれば、みなさんきれいに使ってくださいます。だから、汚れてるところはね、私ファイトが 湧くんです」
著者は、”間接的に自分を通じて世の中を良くすること”は、”投資である”と断言する。 要するに、投資とはお金にまつわるものだけを指すのではないんだよということを伝えたいのだろう。
投資という言葉のもつ本来の意味をかなり広義的に捉えているように感じるが、このような感覚を持つことこそ「投資家マインド」を持つということなのかもしれない。
後半は「明るい未来をつくる」「社会に貢献する」など、きれいな言葉が続き、具体的な事例の紹介などはほぼなかった。 全体的に日本や日本人のことを批判する内容も多くて少々辟易したが、このあたりの実践的な改善方法については他の著作に書かれているのかもしれない。
「投資家の理想像」について知るには十分な入門書だった。
2021/8/21