AI時代に必要な『シン読解力』とはなにか

AI進化のニュースが毎日のように飛び込んでくる。2025年の共通テストをChatGPTに解かせてみたところ、正答率は9割を超えたという。また最近では、中高生はChatGPTと会話しながら問題を解いて勉強しているという話も聞こえてくる。確かに、これほど便利なツールがあれば、先生や友達に勇気をもって聞くより、ずっと手軽に教えてもらうことができる。一方で、これからの教育はいったいどうなってしまうのだろうと、漠然とした不安を感じていた。
そんな中で、ベストセラーとなった『AI vs 教科書の読めない子どもたち』の新井紀子先生の新著が出版された。AI時代に私たちは何を学ぶべきかという疑問に応えてくれる一冊だったので紹介したい。

ChatGPTがもたらした衝撃

新井先生は数学者として「AI東大ロボ」の研究に長年携わってきた。この研究では、教師あり学習を中心に東大入試の問題を解くAIの開発に取り組み、一定の成果を上げていた。しかし、2023年頃のChatGPTの一般公開と、2024年のGPT-4の登場は、AI研究の世界に大きな衝撃を与えた。
これらの生成AIは、従来のAI研究では考えられなかったような言語生成能力を示し、「AI東大ロボ」が解けなかった問題も、いとも簡単に解けるようになったという。音声や画像が読み込めるようになったことで、英語のリスニング能力や図を読み取る問題の正答率が飛躍的に上がったのだ。また特に当初は弱かった「数学・論理」の分野が強化されたことも大きい。一方でAIがどこまで進化しても、把握しておくべき問題もある。それはChatGPTが大量のテキストデータを機械学習した上で偶発的に発明されたものだからだ。

生成AIの二つの弱点

新井先生は生成AIの弱点として、主に二つの問題を指摘している。

第一の弱点は「ハルシネーション」である。これは、AIが事実とは異なる誤情報を、あたかも正しいかのように洗練された言語で出力してしまう現象だ。例えば、東大の世界史の小論文問題に対して、ChatGPTは流暢な文章を生成したものの、その内容は史実的に誤りだらけだったという。しかも、専門家でなければその誤りに気づくことは難しい。

第二の弱点は「外れ値」の扱いに関する問題である。生成AIは統計的に正規分布内に収まる範囲で言語を生成する特性があり、ありそうな表現を確率的に選んで文章を作っている。これは自由な文章生成には効果的だが、専門的な正確さが求められる場面では人間は誤らないような極端な間違いを犯してしまうケースもあるというのだ。著者が自動運転は実現しないと考えるのも、「外れ値」のケースが起きてしまった場合に対応できないからだという。

これらの弱点は、AIの出力を鵜呑みにすることの危険性を示している。そして、その危険を回避するためには、私たち自身が確かな読解力を持ち、AIの出力を批判的に評価できる能力が必要なのである。そこで著者は、リーディングスキルテスト(RST)を通じて、自分の読解力を確かめてみることを提案している。

教科書の読解力と学力の関係

新井先生が開発したリーディングスキルテスト(RST)の結果によれば、5教科(英語、国語、数学、理科、社会)の教科書をしっかり読める人は、高い進学率を示すことが明らかになった。その相関係数は0.9という非常に高い値である。

ここで重要なのは、読解力とは単に国語の文章を理解する能力ではないということだ。数学の教科書を読むには数学特有の読解力が、物理の教科書を読むには物理特有の読解力が必要とされる。各教科には固有の専門知識や思考法があり、それらを理解する能力こそが真の読解力なのである。

新井先生自身の経験も興味深い。高校時代は国語が得意で数学が苦手だった彼女が、数学の教科書を書いた松原先生に出会い、その読み方を教わったことで数学者の卵となる道を歩み始めたという。

AI時代に求められる読解力

では、AI時代に必要な「シン読解力」とは何だろうか。それは、自分が学びたい領域、専門としたい領域における基礎的な知識と概念を理解し、その上でAIに対して適切な質問ができたり、出力を適切に評価できる能力だと考えられる。

私自身の体験からも、この読解力の重要性を実感している。ここ数年、AIツールを使う中で、ChatGPTにプログラムコードを生成してもらう機会が何度かあった。いくつかは上手く実行できたものの、エラーが発生した際に対処法がわからず、基礎的なプログラム言語の構造を理解していないまま、出力されたコードをただコピペして実行していたため、問題が起きると解決できずに堂々巡りになってしまった。

専門的にプログラミングの経験がある人であれば、理解できない部分をAIに質問として返せるのだが、私にはその能力がなかった。プログラミングの読解力がないために、自分が作りたいプログラムを完成させられないという壁にぶつかったのである。

この経験から、自分が学びたい領域については、その読解力を高めることが不可欠だと気づいた。数学やプログラミングに関しても、中学や高校で習うような基礎的な用語や概念を知らずに、ただAIの出力だけに頼っていても、結局は解決策にたどり着けない。
本書の中のリーディングスキルテスト問題に取り組んだとき、私は新聞や経済ニュースの読解には問題なく対応できた一方で、数学や化学の問題には苦戦した。これは自分の読解力に偏りがあるということなのだろう。

何を学び、何を学ばないか

「シン読解力とは何か」について考えてみた。本書を読んでいて、自分の専門分野の知識をさらに深めることと、専門外の分野でも基礎的な理解を持つことの大切さに気づく。AIに聞けばなんでも教えてくれる時代になったとはいえ、ますます広く学ぶことの重要性は高まっていると感じる。このような読解力を身につけるには、長い目で見た学びの姿勢が欠かせない。これからの時代は、何を学び、何を学ばないかという選択も重要になる。

現在では著者の周辺の多くの研究者がChatGPTを使って論文を書いたり読んだりしているという。人は便利なものが生まれると、自然とそれを使うようになってしまう。AIを断固として使わないというのは、海外へ飛行機が飛んでいるのにフライトを利用せず毛嫌いして船で行くようなものなのかもしれない。

最後に、私も学生時代に「数学の教科書の読み方」を教えてくれる先生に出会っていれば、将来の道も違っていたかなぁなんて思ったりした。

<参考>

新井紀子『新読解力 学力と人生を決めるもうひとつの読み方』(東洋経済新報社, 2025)