田淵直也氏の『不確実性超入門』を読んだ。
きっかけは、4月2日にトランプ前大統領が発表した全世界への関税措置である。これを受け、世界中の株式市場が動揺し、VIX指数(いわゆる「恐怖指数」)もリーマンショックやコロナショック時に近い水準まで急騰した。
経済ニュースや識者のコメントを見ても、「不確実性が高まっている」「予測がまったく通用しない」といった表現が並ぶ。だが、そもそも「不確実性」とは何なのか。あまりにも頻繁に使われるようになったこの言葉について、自分の頭で整理したくなった。
不確実性を理解するための二つの視点
本書では、不確実性を捉えるための基本的な視点として、「ランダム性」と「フィードバック」という二つの法則が紹介されている。
ランダム性と期待値
まず押さえておくべきは、世の中の多くの出来事はサイコロの目のように予測不可能で、「確率的に起こる」性質を持っているという点である。これが「ランダム性」と呼ばれる考え方だ。
しかし、ただ不確実だからといって、あらゆる判断を避けていては前に進めない。そこで必要になるのが、「期待値」を基にした意思決定である。
たとえば、ある事業が80%の確率で100万円の利益を生み、20%の確率で300万円の損失を出すとする。このときの期待値は以下のとおりだ。
(100万円 × 0.8)-(300万円 × 0.2)=80万円-60万円=20万円のプラス
つまり、長期的には平均してプラスになるため、挑戦する合理性があるという判断ができる。経営判断においても、このような期待値思考は有効だと感じる。
フィードバックの作用
もう一つの視点が「フィードバック」である。これは、ある出来事が別の出来事を引き起こし、それが再び最初の出来事を増幅したり抑制したりする連鎖を指す。
株価の暴落などで見られるように、最初は小さな変動だったものが、不安を呼び、売りが売りを呼ぶ――こうした正のフィードバック(自己増幅)は、確率的には起こりにくいはずの極端な現象を引き起こす。
このような連鎖反応があるからこそ、単なる統計的な見通しだけでは世界の動きを読み切ることができないのだ。
正規分布では説明できない世界
私たちは「平均」や「標準的」という感覚に慣れている。これは身長や学力テストの点数のように、中心に山がある「正規分布」に支えられた直感である。
だが、経済の分野では事情が異なる。ごく一部の人に富や影響力が集中し、大多数がごくわずかな成果を分け合うという「ファットテイル」や「ロングテール」と呼ばれる構造がしばしば現れる。
これらは「べき乗則」と呼ばれる分布法則に従っており、一部に極端な偏りが発生しやすい特徴を持つ。YouTubeの再生回数や、上位1%の企業による市場支配などがその典型例である。
つまり、経済や社会の動きには、人間の直感がうまく通用しない「分布のクセ」があるということだ。
不確実な時代を生き抜くために
著者が最後に強調しているのは、長期的な視点でのリスク管理の重要性である。不確実性の高い世界では、「強制的に退場させられる」ような致命的な損失を避けることが最優先事項となる。ピーター・ドラッカーの言う「すでに起きた未来」(予測可能な部分)と「これから起こる予測不可能な未来」(ランダム性とフィードバックによる部分)の両方を捉えながら、どんな状況でも生き残れるように管理していくことが求められるのだ。
現在のトランプ関税による市場の混乱という不確実性の高い状況で、私たちはどう対応すべきだろうか。まず、起きている出来事から目をそらさず、冷静に事実を捉えることが重要だ。この不況によってどの程度の損失の可能性があるのかを、情報が揃った段階で冷静になって考える必要がある。
そして、最悪のケースが起きても「退場」を迫られないよう、リスク管理を徹底することだ。これは容易なことではないが、不確実性の高い時代を生き抜くために不可欠な考え方である。
時間軸が長くなればなるほど、予期できないとても大きな変化が起きる可能性は高くなっていく。そうした長い時間軸の中で持続的な成功を得るために第一に必要となるのは、たとえ予想外の悪いデキゴトが起きたとしても、二度と立ち直れなくなるような破滅的な損害を何としても避けることだ。
いま最も気になることとその対処法
いま最も気になることは、世界の不確実性が増す中で、私たちの生活に具体的にどのような影響が出てくるのかということだ。それは会社経営に関わる部分もあるし、私たちの家計や資産形成にも及ぶ問題である。トランプ大統領の誕生が世界的な地殻変動だとして、その影響がどこまで広がるのか、現時点では誰も正確に予測できない状況にある。
ピーター・ドラッカーの言葉を借りれば、「すでに起きた未来」すら見えづらくなっている状況だ。このような時期には、群集心理に流されず、一歩引いた視点で長期的な目線から行動することが重要になるだろう。
結局のところ、バブルはフィードバック作用によって増幅される群集心理が引き起こす不合理な動きである。その成り行きを合理的に予測することはできない。ニュートンが指摘したように、群集心理の移ろいは本質的に予測不可能なのだ。
今回の出来事を通じて、私は自分の軸として持つべき考え方と、時代の変化に合わせて柔軟に変えるべきことの境界が曖昧になっていると感じた。日頃から不確実性に対して十分にリスク管理しているつもりでも、予想外の事態が発生すると動揺してしまうのが人間の心理である。これを良い機会と捉え、自分の軸となる考え方を原点に立ち返って整理し直すことも必要かもしれない。
<参考> 田淵直也『最強の教養 不確実性超入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2016)