『ヒルビリー・エレジー』は禁書にせず読まれ続けてほしい名作

ヴァンス副大統領の著作『ヒルビリー・エレジー』が国防総省の図書館で禁書処分になるかもというニュースが流れてきた。ドイツでは大統領選挙の結果を受けて版権を更新しないという事態も起きているという。

ヴァンス副大統領の『ヒルビリー・エレジー』が禁書に? 図書館追放の可能性、その理由とは? www.newsweekjapan.jp

J.D. Vance Ditched by His German Publisher europeanconservative.com

私は大統領選挙に合わせてこの本を読んだのだが、とても感銘を受けた。一方で、ニュース報道を見て、これほどの名作を政治的な理由から読めない状態にしてしまうのはとても残念なことだと思った。本書はヴァンスの半生を綴った回顧録であるが、単なる成功物語ではなく、アメリカ社会の分断を直接経験した人間の視点から書かれた貴重な証言を含む物語でもあるからだ。本書の中で印象に残った点を振り返りながら、転換期を迎えているアメリカ社会について考えてみたい。

2つの転機

ヴァンスを変えた2つの転機となった出来事がある。1つ目は「マモー」と呼んでいたおばあちゃんに高校時代育てられたこと。そこで薬物中毒の母から離れ、中学校時代までの荒れ果てた生活から切り離され、安定した生活を取り戻すことができた。その後4年間海兵隊に入隊して、イラク戦争の現場に赴くなどしながら、社会的に必要とされる素養の全てを教わることになる。この中の印象的なエピソードが、海兵隊でしごきを受けるヴァンスが祖母マモーから手紙をもらうシーンで、このおばあちゃんの素晴らしさが伝わってくるので、少し長いが引用したい。

「大好きなJ.D.へ」この出来事を知ったあと、祖母は手紙にこう書いてきた。「あの間抜け面のろくでなしどもが いつおまえをいじめだすだろうって思ってたんだ。とうとうやりやがったね。あたしがどんだけムカついてるか ことばでいいあらわせないよ……おまえはいままでどおり できることを一生けんめいやってればいい あのIQ2のアホのくそったれ いっぱしの男みたいにえらそうにしてるが 女もんのパンツはいてんだ そう思っときゃいい。あんなやつら大っ嫌いだよ」

…中略

怒りを爆発させたこの手紙を読んで、祖母は胸のなかのものをぜんぶ吐き出したと思っていた。ところが翌日、まだ言い足りなかったのだとわかった。「元気かい あのアホがおまえにわめきちらしてる そのことばっか考えちまうよ おまえに怒鳴るのはあたしの仕事で あのバカどもの役目じゃない じょうだんだけどね。おまえはなんでも なりたいもんになれるんだ あいつらとちがって かしこい子だからね でもあいつらもおまえがかしこい子だってのはわかってるさ あいつらも あいつらがガミガミいうのも 大っ嫌いだ。わめきちらすのがやつらの商売なんだ そのまんま一生けんめいやってりゃ おまえの勝ちさ」  何百キロも離れてはいるが、おっかないヒルビリーばあさんは頑として私の味方でいてくれる、そう思った。

私がこのマモーの手紙を読んでいて涙が出そうになったのは、家族愛に溢れているからである。家族に何かあるとカッと頭に血が上って抑えられなくなる。そして愛情を爆発させて暴言を吐いてしまう。本書の中でもヒルビリーの愛情あふれるエピソードがいくつか登場する。確かに社会の中では危険で接しづらい民族という印象を与えてしまうだろう。けれども、そういった側面だけで一方的な見方はするべきではないと思う。

なぜヒルビリーは豊かになれないのか

ヴァンスはイエール大学ロースクールでの生活を送りながら、「なぜヒルビリーは豊かになれないのだろう」という疑問に何度も直面する。

私が卒業した高校からはなぜ、アイビー・リーグの大学に進学する生徒がひとりもいないのか。アメリカのエリート教育機関にはなぜ、私のような学生がほとんどいないのか。私が育ったのと同じような境遇の家庭はなぜ、これほど多くの問題を抱えているのか。私はなぜ、イェールやハーバードには手が届かないと思ったのか。  そして何より、成功した人たちはなぜ、こうも私とちがうのだろうか。

この疑問に対して、ヴァンスは明確な答えを導き出す。それは社会関係資本(Social Capital)を持っているかどうかなのだという。本書のなかで、奨学金の申請書の書き方がわからなくて、マモーと格闘するシーンがある。また海兵隊という身分でローンが組めるようになったときに、年利20%の高利率ローンを組まされそうになり、「相見積をとる」という当たり前のことを教えてもらう。生きていくうえで必要なことを教えてくれる人たちが、ヒルビリーの周囲にはいないのだ。社会関係資本があるかということが、社会の分断には大きく影響しているのだと、ヴァンスは身をもって体感するのだ。

本書が世界中で読まれる意義

『ヒルビリー・エレジー』が多くの人に読まれているのは、ヴァンスが抱えていた素直な葛藤が伝わるからだろう。彼はマモーや最愛のパートナー・ウシャのおかげで、貧しい環境から抜け出し、成功への道のりを進むことになった。しかし、その道のりは「一寸先は闇」といった状況で、決して平坦ではなかった。故郷で育んだ価値観と新しい世界での常識の間で揺れ動き、自分はどちらの世界に属するのか、どの道を進むべきなのか悩み続けた。

今やトランプ大統領の右腕として活躍するヴァンスだが、本を書いていた頃のあの率直な視点を保ち続けるのは難しいだろうと想像する。副大統領という立場では、自分の考えだけでなく、大統領や党の方向性に合わせていかなければならない場面も多いはずだ。移民問題や人種、ジェンダーについての考え方も、根本的な部分は変わらなくても、細部では変化させていく必要がある。しかし、「今の共和党の考え方と違う」とか「私たちの地域の価値観に合わない」といった理由で、この本が図書館から消えたり、出版が続かなくなったりするのは、とても残念なことだ。30代前半で書かれたフレッシュな思いがそのまま受け止められるように、本書が政治思想という枠組みを超えて世界中で読まれ続けてほしいと願う。

<参考> J・D・ヴァンス 著、関根 光宏 訳、山田 文 訳『ヒルビリー・エレジー』光文社, 2017