2024年から新NISAがスタートするということで、その準備を進められている方も多いかと思います。そんな中で、衝撃的なニュースが飛び込んできました。「積立王子」こと、元セゾン投信社長・中野晴啓氏が6月の株主総会で退任されることになったのです。彼は15年以上にわたり、長期分散投資の重要性を唱え、安心して投資できるアクティブ投資信託を販売推進してきました。しかし突如として親会社であるクレディセゾングループから突然解雇され、セゾン投信の経営から退くことに。その一方的な決定は、メディアや市場を震撼させました。
なぜこの話題を取り上げたかというと、後藤達也氏と中野晴啓氏のYouTube対談が素晴らしかったからです。 解任の理由、投資信託運用への考え方、そして中野氏の今後の展望について詳細に語られていました。 今日は、その対談から感じ取ったことを共有したいと思います。
<目次>
なぜ解任が起きたのか
セゾン投信の解任劇の原因は興味深い話題であり、関係者全員が気にしているところだと思います。 その点について中野氏は次のように説明しました。
「クレディセゾン・トップの林野氏との方向性の不一致である。」
クレディセゾングループは、クレジットカードなど金融商品を取り扱う巨大企業です。それ故に、その規模を無視することはできません。 しかし、中野氏の目指すものは、セゾン投信が管理する2つのファンドを増やし、顧客の期待に応えることでした。 彼は長期的で信頼性の高い投資商品の提供を訴え続けました。 しかし、中野氏の顧客への価値提供という方向性に対し、業界全体や規模の大きな運用会社が信託報酬の低い商品を続々と作り出していました。セゾン投信の商品も一時は手数料が安かったものの、現状では高い部類に入っています。この状況を見て、経営陣は規模拡大を望んだのでしょう。しかしながら、中野氏は良質なファンド運営を第一に考えていました。これが大きな方向性の違いでした。
現在では「長期分散積み立て投資」が一般的ですが、10年以上前にはそうではありませんでした。しかし、米国では長期で分散投資をするという手法がスタンダードとして用いられていました。日本ではこのような投資商品がほとんどなく、そこで中野氏がクレディセゾングループから独立し、セゾン投信を立ち上げました。中野氏とクレディセゾングループの主従関係は、彼のビジョンを実現するために親会社から資本を提供してもらっていました。これが今回の事件の主要な要素だと思います。
中野氏のインタビューを聞くと、彼が顧客からの信頼が厚い人物であることがよくわかります。 彼の話し方は懇切丁寧で、主張には強い信念が感じられます。彼がこれまで日本になかった新しいアイデアを根付かせようとした志の高さを言葉の節々に感じます。
業界の革新に向けた歩み
インタビューで注目すべきは、中野氏が話していた「長期積立投資」が、2024年1月から始まる新NISA制度の拡充により、金融庁の主導的な政策に取り入れられていることです。10年以上前には、長期積立投資の有用性がほとんど説かれることはなかったにも関わらず、今や新NISA制度が大幅に拡充され、2024年からは大きな枠を確保することになりました。この変化には、業界自身が大きな転換点を迎えた背景があると思われます。
その背景には、金融庁の森長官という人物の存在があったといいます。 彼が金融庁の長官に就任したのは2006年頃で、その当時に金融業界の構造上の問題に気付きました。それは、金融機関の関連会社が投資商品を作り、その販売手数料で利益を得るビジネスモデルが、顧客の利益と相反する構造になっているということです。これは、日本の運用会社が銀行の関連会社として設立され、独立性を保てていないという問題も関わっています。結果として、顧客の預金が銀行へ集まり、その一部が運用されるという流れが生まれました。しかし、このままでは、業界と顧客の利益追求が矛盾し、共存することが難しい状況になると森長官は認識したのです。
彼が2017年頃に行った基調講演の議事録が残っています。
この中で、彼はバートン・マルキールやチャールズ・エルスのような米国のインデックス投資推進派の著作を引用し、日本の金融業界も長期投資へ舵を切るべきだと述べています。 このような流れの中で、中野氏をはじめとする「長期分散投資」の推進者たちは、顧客からの信頼を得て存在感を示しました。その結果、業界に影響力を持つ官僚たちは、これこそが現代の日本に必要なものだと認識しました。それが、NISA制度の誕生といった業界の変革を引き起こし、さらには長期投資を国家戦略にまで昇格させる結果を生んだのです。一人のイノベーターが始動させた動きが、国全体のムーブメントに昇華されたのです。ここに私は、業界の変革が起こる仕組みを見ているように思います。
新たな道への一歩
中野さんの話に戻ります。突然の解任に、彼は強い打撃を受けました。毎日友人と一緒に蕎麦屋で過ごし、彼の感情を愚痴と酒で溶かしていたようです。 それは彼が「我が子を誘拐されたような気分」と語ったセゾン投信への思いを考えれば、自然な反応だったかもしれません。 自身が信頼性を築き上げ、資産を6000億円にまで増やした会社を一夜で失ったからです。
しかし、インタビューを通じて、彼がすでにその苦境を越え、新しい道を歩み始めていることが明らかになります。彼は多くの人からアドバイスを受けました。YouTuberになる、本を書く、そういったことも提案されました。それでも彼は、「道半ば」という思いを持ち続け、再び自身の会社とファンドを立ち上げ、積立投資の重要性を訴え続ける道を選んだのです。 後藤達也さんが最終的に言及したように、一方的な解任後、彼がわずか数ヶ月で自身を回復させ、次のステップに向かって明るく前向きに語る様子は、中野さんの強さと人間性を象徴しています。
彼のような草の根的な活動がなければ、現在の金融庁の政策はここまで変わらなかったかもしれません。 彼がいなくても、時代の流れとともにNISA制度が生まれたかもしれません。しかし、少数の声が大きな変化をもたらすことは間違いありません。 何度も声を上げ、業界に真実を突きつけることで、それを真摯に国のために働く官僚が拾い上げ、改革を進める。 ここに、物事が良い方向に進む瞬間を見たように思います。
新NISA制度が最善の策かどうかは断定できません。 制度設計が不十分だと、さらなる格差拡大を助長する恐れもあります。 しかし、活用されない預金が眠っているだけなく、それを活用することに意味があるのは間違いありません。これは国家戦略として必要なことです。 中野氏のこれからの動向、新NISA制度が国をどのように変えていくか、そして金融庁の動向は引き続き注視していきたいと思います。
※筆者は専門的な金融の知見については門外漢であり、動画の感想を率直に記載しています。誤った解釈があればご指摘ください。