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【ファミリー経営を長期戦略ベンチャーと考える】星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書

星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書
(小野田鶴、日経トップリーダー 編集・構成)


「ファミリービジネス」という経営学上の用語を聞いたことがあるだろうか。 私は恥ずかしながら本書を読むまでその存在を知らなかった。「ファミリービジネス」とは、日本語で言うならば「同族企業の経営」という意味に近い。

ファミリー企業というと、星野リゾートの全身である星野温泉旅館のような、いかにも家族経営のビジネスを想像してしまう。 けれどもオーナー経営者が率いる企業という視点で見てみると、日本の全企業数の96.9%がファミリー企業であるという推計もある。つまりは日本企業の9割以上はファミリー企業なのだ。

では、ファミリー企業と非ファミリー企業の違いは一体どこにあるのだろうか。

星野リゾートはモデル転換に10年かかった

従来の日本のリゾート事業者は、自分で「所有」する土地を、自分で「開発」し、自分で「運営」するという一人三役のパターンで経営してきた。けれどもバブル崩壊を経て、このパターンでは限界があるとみた星野さんは、1992年に「運営特化」という戦略を打ち出し、リゾート運営に特化した経営を目指すようになる。

やがてはこのモデル戦略は成功し、現在ではリゾートの再建・開発を含めた運営を「星野リゾート」が、リゾートの不動産管理を「星野リゾート・リート投資法人」が行うというホテル事業の模範となるようなモデルを確立された。 そんな日本の観光産業を牽引する企業にまで成長した「星野リゾート」だが、戦略を打ち出してから2001年に「リゾナーレ八ヶ岳」で軽井沢以外の地で再建事業に携わるまで、実に10年近い年月をかけられている。

なぜこれほど長い時間がかかったのか。

星野さんいわく、この期間に多岐にわたる「ファミリー(創業家)の課題」に対処していたのだという。 星野温泉旅館には家族・親族が敷地内に住んでいたり、親族の株主が21人いたりと、会社の資産とファミリーの資産が混在していた。 また旧来の伝統的な経営を重んじる父と星野さんの間には確執もあり、結果的には株主ひとりひとりを説得して「父を株主総会で解任する」という強行手段に出られたという。

ファミリービジネスにとって、家族と経営は切っても切り離せないものだが、星野さんはどうしてもその「分離」を進めたかった。 その上で親族との課題に長い時間をかけて解決していく必要があった。 それがこの10年間だったのだと思うと、本格的なモデル転換に乗り出すまでに大変なご苦労があったのだなと察する。

ビジネススクールでは教われなかった、ファミリービジネスの課題

本書ではファミリービジネスを理解するための方法論として、4つのフレームワークが取り上げられている。

  • スリーサイクル

  • 4L

  • スチュワードシップ

  • ビッグテントと4R

その中でも、最も基本的なフレームワークとして、「スリーサイクル」が挙げられる。

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一般的な企業であれば、株主であるオーナーと、マネジメントを担う経営執行者の二項対立で考えれば良い。 けれども、ファミリー企業の場合はそこに創業家であるファミリーが加わり、三項対立のなかで各課題を考えなければならない。

例えば、会社の敷地に親族が住んでいるというような問題や、株式の買取の問題も、このサークルのどこの課題なのかを考えて対処すると、原因がどこにあるのかが見えてくる。星野さんはこのフレームワークに出会う前に、手探りで悪戦苦闘しながら課題に対処してきたが、フレームワークを知っていればもっとうまく課題を整理できたかもしれないと述べている。

 ほかの3つのフレームワークについても、成功しているファミリー企業の特徴をうまくとらえて体系化している。 こちらについては、本書でも教科書とされているクレイグ教授の本に詳しいので、そちらを参照したい。

ファミリービジネスは、長期戦略のベンチャービジネス

後半は、星野さんがファミリー企業の事業承継について、社長や会長らにインタビューするという形で編集されている。 そこから見えてくるのは、事業承継の形は十人十色、それぞれが先代とのコミュニケーションを取りながら最適な形を模索し引き継いでいるということだ。 特に先代が創業者である場合、会社経営に賭ける想いが強く、なかなか引退を決意しないというケースが多い。けれども、星野リゾートや大塚家具のようなハードランディング型の事業承継を行うと、ビジネス以前にファミリーとして疲弊してしまう。

そんなファミリー企業の難しさを知ると、会社を経営するならば、親の会社を継ぐよりもベンチャーとして起業したほうが格好いいし、自由にできると考えるかもしれない。けれども、星野さんはファミリー企業ならではの強みについても言及する。

一方、ファミリービジネスには、当面の売上があり、利益があります。親から引き継いだ商品、サービスで、とりあえず資金が回っています。新しい戦略を遂行しビジネスモデルを変えていくことにはベンチャー的なリスクもありますが、ファミリービジネスには、戦略の効果が出て来るまでの期間、事業を維持するだけのベースがあるのです。ファミリービジネスを、「立ち上げリスクの軽減されたベンチャービジネス」ととらえることができると、急に格好よく見えてきます。

ファミリービジネスの強さの一つは、「30年に一度のビジネスモデル自動転換システムがビルトインされている」ことである。

星野さんが繰り返し述べるこの言葉にこそ、経営者の任期の短い一般企業とは違う、ファミリー企業の魅力が詰まっているのかもしれない。


私自身もファミリービジネスに関わる身にあるが、本書からは勇気づけられる言葉をたくさんもらった。 またファミリービジネスが経営学の研究対象のひとつとして、体系化が進んでいることを知るきっかけとなった。

一般的なベンチャー企業やビジョナリーカンパニーを扱ったビジネス書を読んでも「なんだかしっくりこないなぁ」と感じている方にこそ、本書はぜひおすすめしたい。

2021/10/17